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松山地方裁判所 昭和42年(ワ)135号 判決 1971年8月30日

原告 甲野花子

右訴訟代理人弁護士 三好泰祐

被告 松山市

右代表者市長 宇都宮孝平

右訴訟代理人弁護士 米田正弌

右訴訟復代理人弁護士 白石誠

主文

被告は原告に対し金二五三万七、〇〇八円およびこれに対する昭和四二年四月二五日以降完済にいたるまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを三分し、その一は原告の、その余は被告の負担とする。

この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実

≪省略≫

理由

一、訴外甲野菊(昭和三七年六月九日生れ)は、被告が松山市保育所条例に基いて設置した松山市立生石保育園に通園して保育を受けていたものであるところ、昭和四一年一〇月二二日土曜日の午後零時一〇分頃、母親である原告の迎えを待ちながら園内の滑り台(公の営造物)で遊んでいた際、肩からかけていた鞄の紐が、滑走用斜面の両側に設けられた高さ約二〇センチの手すりの外枠の鉄製パイプが、その上端部分において鋭角状に曲って垂直に踊り場に接着している部分にひっかかり、右鞄の紐で首が締って窒息死したこと、土曜日の保育時間は条例上は午前一二時までと定められていたこと、本件事故発生時刻頃は居残りの園児が十数名いたこと、亡菊の担当保母和田真寿美やその他の保母は、原告が亡菊を迎えにきて滑り台に近づき、亡菊の異常を発見し、助けを求めるまで本件事故の発生を知らなかったことはいずれも当事者間に争いがない。

次に、≪証拠省略≫をあわせると、生石保育園では乳児から六才児までの数十名を概ね年令別に四組に分け、一組に一名ないし二名の担当保母をつけて保育していたが、土曜日は正午から午後零時三〇分頃までの間に父兄の迎えで大部分の園児は帰宅していくが、それ以後も居残る園児がいるので保母一名が居残っていたこと、正午から午後零時三〇分頃までの間は、保母らは迎えに来た父兄に園児を引き渡したり、園内の清掃をしていたこと、その間、迎えを待っている園児らは園内の砂場や滑り台などで遊んでいたこと、以上が同園の従前からの事実上の運営体制であったこと、本件事故発生時刻頃も前示のように十数名の園児が園内に残っていたが、そのうちの数名は鞄をかけたまま滑り台で滑って遊んでおり、亡菊が東側の滑走面で前示のように首を鞄の紐で締められて動けないでいたので、他の園児は西側の滑走面(本件滑り台には東西に一個宛滑走用斜面がとりつけられている)で滑っていたこと、保母のうち、亡菊の担当保母和田真寿美をはじめ、大部分の者は本件滑り台から十数メートル離れた地点附近で掃除をしていて滑り台の園児を監視している者はなかったこと、和田保母は本件事故の少し前、前示のように園児数名が滑り台で鞄をかけたまま遊んでいるのを目撃し、危険は感じたものの、他の用事にまぎれて特に注意はしなかったこと、同保母は、その後、原告の知らせで滑り台へかけつけ亡菊を助け降ろしたが、そのときは亡菊は既に口から多量の泡をふき、放尿していたこと、被告は、本件事故後、本件滑り台の手すり上端部を踊り場の支柱に接続させ、本件のような事故の発生しない構造にしたこと、以上の事実を認めることができ(る。)≪証拠判断省略≫

ところで、国家賠償法第二条の営造物の設置又は管理の瑕疵とは、当該営造物の通常の利用者の判断能力や行動能力、設置された場所の環境などを具体的に考慮して、当該営造物が本来備うべき安全性を欠いている状態をいうものと解すべきところこれを本件についてみると、前記諸事実によれば、園児の中には相当数の者が父兄の迎えを待つ間、鞄を肩からかけたまま滑り台で遊んでいたのであるから、鞄の紐が肩からずり落ちたり、たるんだりしたときは、手すり上端部にひっかかり、園児の首が紐で締まるなどの事故の発生し得ることは充分予測できることであり、危険に対する判断能力も未熟で体力も弱い四才程度の園児は一旦右のような危険な状態に陥ち入ったときは自力で危険から脱する智能も体力もなく、又、傍に他の園児がいてもこれが救出の方法をすみやかにとる能力もないことを併せ考えると、被告において保育園入に滑り台を設置する場合は、右事情を考慮して、本件滑り台にみられる手すり上端部分のような形状のものは採用せず、手すり上端部と踊り場の支柱の間に隙間の存在しない、前示被告が本件事故後改善したような形状のものを選ぶべきであり、もし、本件滑り台のような形状のものを選んだ場合は、前示のような改善を事故発生前に行うべきであり、本件事故当時の本件滑り台には園児の遊戯具としてその安全性に欠けるところがあり、公の営造物の設置又は管理について瑕疵が存在したものというべく、本件事故は右瑕疵が原因となったものといわざるを得ない。

もちろん、担当保母らにおいても、園児が右のような事故に遭遇するのを防止するため、常に、園児に対し鞄をかけたまま滑り台で遊ぶのは危険であることを教え、右危険行為に出ないことを実行させるとともに、園内においては、園児の行動の監視を怠らず、不幸にして園児が右危険行為に出て生命、身体に体に対する危険が生じた場合は直ちに救護の措置をとるべき義務があるところ、前示事実によれば、担当保母らにおいて右義務を怠ったものといわざるを得ず(被告は本件事故が土曜日の保育終了時刻である午前一二時より後に発したことから保母の過失を争うけれども前示事実によれば、被告と園児の保護者らの間では土曜日における保育時間は午後零時三〇分頃まで延長する黙示的合意がなされていたものと推認でき、本件事故は右保育時間内に発生したことは明らかであるから被告の右主張は理由がない。)、右過失も本件事故発生の一因と認めることができるが、既にみたとおり、被告の本件滑り台の設置又は管理に瑕疵があり、それが原因となって本件事故が発生した以上、被告は本件事故によって生じた後記損害を賠償すべき義務があるものといわなければならない。

なお、被告は、本件事故は不可抗力による事故であると主張するが、前記認定に照らし採用できないことは明らかである。

二、よって損害の点について検討する。

(一)  原告および亡幹の慰藉料

≪証拠省略≫によれば、原告(昭和一〇年一一月一二日生れ)は昭和三六年六月一五日訴外甲野太郎と結婚式を挙げ、同三七年六月二二日その届出をして夫婦となり、長女菊、長男一郎(昭和三九年一月一〇日生れ)をもうけたが、夫の浪費や病弱のために不和となり、昭四〇年四月から別居し、長男一郎を引き取って建設請負業を営む兄の許に身を寄せていたこと、亡菊は夫が引き取り、夫の父正太が育てていたが、正太が昭和四一年二月死亡するにおよんで原告の許に引き取られ、親子三人で暮すようになったが生活が苦しく、原告は生活保護を受けながら、兄の仕事を手伝っていたこと、原告は夫と離婚したいと思っていたが、夫が承諾しないので、別居生活が継続しているが、夫の所在はその後不明となったこと、原告としては子供二人の成長を楽しみに生活していたもので長女菊を失った精神的苦痛は甚大であること、以上の事実を認めることができる。右事実に本件事故の態様、原因その他諸般の事情(原告は亡菊の葬儀に際し、和田保母から金三万円、被告から金一万円の香典を受領したことは当事者間に争いがない。)を総合して考えると、原告の精神的苦痛を償うべき慰藉料は金一〇〇万円、幼くして生命を失った亡菊のそれは金一五〇万円をもって相当と認めるべきである。

(二)  亡菊の得べかりし利益喪失の損害

亡菊が昭和三七年六月九日生れの女子であることは当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によれば、亡菊は普通の健康に恵まれており、特段、智能の欠陥もなかったものと認められるから、本件事故に遭遇しなければ、なお、六八、六九年(第一一回生命表による四才の女子の平均余命)程度は生存でき、本件事故から一四年後の一八才時から三七年間経過した五五才時まで稼働でき、その間≪証拠省略≫によって認められるところの昭和四二年度における一八才から一九才の女子労働者の産業別の企業規模および年令階級別給与総平均額である月額金一万八、七〇〇円を若干下廻る月額金一万八、〇〇〇円の収入を得、生活費としてその半額を控除した一ヶ月当り金九、〇〇〇円の割合による純利益を得られた筈のところ、本件事故によってこれを失ったものと認めることができ、これが死亡時の現価を求めるためホフマン式計算方法に従って年毎に民法所定年五分の割合による中間利息を控除すれば金一五七万四、〇一六円(円未満切捨)となり、亡菊は右同額の損害を蒙ったものと認めることができる。

(相続)

亡菊の相続人は母である原告と父である訴外甲野一郎であることは当事者間に争いがないから、原告と訴外甲野一郎は前記認定の亡菊の慰藉料および得べかりし利益喪失の損害の賠償請求権の各二分の一宛(前者は金七五万円、後者は金七八万七、〇〇八円)を亡菊の死亡によりそれぞれ相続したものと認めることができる。

(債権譲渡)

ところで、原告は昭和四一年一〇月三一日訴外甲野一郎から同人が相続によって取得した右損害賠償債権の譲渡を受けたと主張し、≪証拠省略≫によれば、右事実を認めることができるけれども、同訴外人が被告に対し債権譲渡を通知したこと又は被告においてその債権譲渡を承諾したことについては本件全証拠によるもこれを認めることはできないから、原告は右債権譲渡を被告に対抗し得ないものというべく、この点についての原告の主張は理由がない。

三、以上の次第であるから、原告の被告に対する本訴請求は、前項の原告の慰藉料金一〇〇万円、相続にかかる亡菊の慰藉料金七五万円、同得べかりし利益喪失損害金七八万七、〇〇八円の合計金二五三万七、〇〇八円とこれに対する訴状送達の翌日であることの本件記録上明らかな昭和四二年四月二五日以降完済にいたるまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は正当であるからこれを認容することとし、その余の部分は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条本文、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 秋山正雄 裁判官 梶本俊明 馬渕勉)

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